お電話でのお問い合わせは0120-53-4185

東京都文京区のトランクルーム一覧

東京都 - 文京区

東京都文京区

東京都文京区は、東京23区を構成している区のひとつになります。東京23区の中央やや北寄りに位置していています。「文(ふみ)の京(みやこ)」という名前の通り、とても文化的な区となっています。ここでは、そんな東京都文京区についてご紹介していきたいと思います。

東京都文京区とは

東京都文京区は、文化や緑で溢れています。アクセス面でもとても便利です。冒頭でも触れましたが、文京区は東京23区のひとつです。その大きさは、23区の中で20番目となっており、決して大きい区ではありません。ただ、中心地に近く、荒川区、台東区、千代田区、新宿区、豊島区、北区の6つの区と接しています。武蔵野台地のちょうど東部に位置しており、地理的には起伏の富んだ地形が特徴となっています。
文京区という名前の通り、東京大学をはじめ、お茶の水女子大学などの教育機関も多いですし、近代文学の代表格として誰もが知っている森鴎外や夏目漱石たちの活動拠点でもありました。数多くの文化財が残されており、そういったものが観光面でも活かされています。徳川家康ゆかりの神社なども有名です。 交通の便においては、東京メトロをはじめ都営地下鉄の地下鉄6路線が走っていますし、それらに加えて都営バスやコミュニティバスも利用することができます。6つの区と接していることもあり、他のエリアへの行き来にもかなり便利です。
産業面では、印刷業や製本業が盛んです。東京大学の医学部があるというだけあって、医療関連の産業も盛んです。医療関連の産業のメッカという表現をされることもあるほどです。

東京都文京区の歴史

東京都文京区の歴史ということなのですが、現在の文京区に人が住み始めたのは18000年前頃の旧石器時代だと言われています。実際に文京区内では、縄文遺跡が28ヵ所も確認されていますし、貝塚や縄文土器も数多く発見されています。中でも、明治17年に現在の弥生1丁目にあたる向ヶ丘弥生町で発見された土器が弥生土器と命名され、弥生時代という名前の由来になっています。 中性になると、農村として発展するようになります。江戸時代の初期の頃には、大名屋敷や武家屋敷が置かれることとなります。また、たくさんの寺社が創建・転入されることにもなります。元禄時代になると、どんどん市街地化が進んでいきます。商業活動も盛んになっていきました。 明治時代になると、武家屋敷の跡地が大学などの教育機関に使われるようになります。昭和に入ると、東京砲兵工廠の跡地に現在の東京ドームである後楽園スタジアムが誕生することとなります。昭和22年には、小石川区と本郷区が合併して、文京区が誕生します。文京という名前は、書きやすく、「文教の府」のイメージと一致しているということで採用されたそうです。
平成11年には都心回帰の傾向によって、35年ぶりに人口が増加しました。このあたりからマンション建設も盛んになっていきます。そして、現在に至ります。

東京都文京区の観光

東京都文京区の観光面ですが、やはり観光スポットとしては史跡や文化財が有名です。史跡や旧跡などであればお茶の水貝塚、かねやす、関口芭蕉庵といったものが、旧居跡や墓であれば石川啄木終焉の地、井上哲次郎旧居跡、大塚先儒墓所といったものが挙げられます。文京区には神社や仏閣も多く、神社であれば湯島天満宮、寺であれば護国寺、東京カテドラル聖マリア大聖堂といった教会もあります。椿山荘や本郷給水所公苑、六義園といった有名な庭園も楽しめますし、印刷博物館や弥生美術館といったところで楽しむこともできるでしょう。
さらに、文京区には文京花の五大まつりというものがあります。文京梅まつり、文京さくらまつり、文京つつじまつり、文京あじさいまつり、文京菊まつりという5つのまつりがあり、街並みが綺麗に彩られることになります。文京梅まつりは毎年2月8日から3月8日まで湯島天満宮境内で、文京さくらまつりは毎年4月初旬に播磨坂さくら並木で、文京つつじまつりは毎年5月頃に根津神社境内で、文京あじさいまつりは毎年6月頃に白山神社境内で、文京菊まつりは毎年11月1日から23日まで湯島天満宮境内でおこなわれることになります。それぞれが有名な観光スポットでもありますので、まつりに合わせて行けばよりいっそう楽しめるのではないでしょうか?

トップ戻る