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神奈川県高座郡のトランクルーム一覧

神奈川県 - 高座郡

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倉見 屋外型トランクルーム
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4,840円~26,980円
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高座郡寒川町倉見847-1
半年半額!
一之宮8丁目 屋外型トランクルーム
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7,710円~28,800円
1.60畳~9.00畳
コンテナボックス
高座郡寒川町一之宮8-18

神奈川県高座郡

神奈川県高座郡は、人口48,000人を超える郡になります。相模川と境川に挟まれたエリアで構成されています。神奈川県を構成している他の都市に比べると、やはりインパクトに欠ける部分はあるでしょう。ここでは、そんな神奈川県高座郡についてご紹介していきたいと思います。

神奈川県高座郡とは

神奈川県高座郡は寒川町を含んでいるのですが、この寒川町が高座郡における中心的な存在となってきます。神奈川県の中央部、湘南エリアに位置しており、寒川町は相模国一の宮、寒川神社の門前町として高座郡の中でも特によく知られています。なだらかで南北に長い形をしており、東は小出川を隔てて茅ヶ崎市に、西は相模川を隔てて平塚市などと接しています。古くから野菜や果物、花の栽培が盛んで、現在でも花や梨が特産品として知られています。昭和30年代後半には、宅地化が進み、企業誘致にもかなり積極的に動いてきました。東京からは50km圏内とそこまで離れておらず、およそ1時間ほどの距離となっています。現在でも機械工業や硝子をはじめとした数多くの工場が見られますし、神奈川県内陸工業地帯の中核としての役割も担っています。鉄道はJR相模線が走っており、他には神奈川中央交通と寒川町コミュニティバスによって主要箇所が結ばれています。道路は県道45号と46号が通っており、寒川町においてはこれが幹線道路となっています。最近では交通量が増加傾向にありますので、さがみ縦貫道路が建設中となっているだけではなく、広域幹線道路の設置も検討されているそうです。

神奈川県高座郡の歴史

高座郡域には、旧石器時代頃から人が住み始めたと言われています。縄文時代中期には人口が大幅に増加したと推測されています。中でも岡田遺跡からは、少なくとも1,000軒以上の住居址が発掘されているそうで、神奈川県内でも最大規模の集落址だと言われています。それだけ多くの人々が生活を営んでいたのです。平安時代に入ると、相模国一の宮の寒川神社が朝廷から位を授かったと言われています。これは「続日本後紀」にも記されています。これと同時期に、梶原景時が一宮に都を構え、鎌倉時代にかけて権勢を振るいます。しかしながら、源頼朝の死後に追放され、正治2年に駿河国で没します。鎌倉時代に入ると、幕府の有力な御家人だった渋谷氏による統治を受け、戦国時代になると北条氏による支配を受けます。江戸時代には大山街道の影響によって、大きく発展を遂げます。一宮周辺は近郷27カ所の宿場として栄えました。明治22年に11もの村が合併し、寒川村が誕生します。昭和15年には、寒川村が町制施行によって寒川町になります。昭和30年には現在の平塚市の一部である大野町と境界の変更がおこなわれたため、現在の町域となっています。昭和30年代からは工業団地の形成が促進され、財政基盤の強い町へと変わっていきます。平成元年には寒川町制50周年を記念して、山形県寒河江市と姉妹都市を締結しました。このような形で、寒川町が高座郡を支えているのです。明治の頃から考えるとその郡域というのはかなり縮小していますが、それでも神奈川県にとってはなくてはならない存在と言えるでしょう。

神奈川県高座郡の観光

高座郡は、観光面でそこまで恵まれているわけではありません。観光スポット自体は少ないです。しかしながら、ひとつひとつの観光スポットがかなりの個性を持っているといった印象です。その代表とも言えるのが寒川神社です。日本には全国各地さまざまな神社がありますが、その中で唯一の八方除の神様なのです。それゆえに、有名人も数多く訪れていると言われています。1,500年以上も愛され続けている神社で、「ご来光の道」と呼ばれるレイライン上にあるのもひとつの特徴です。こういった特徴もあって、最近ではパワースポットとして全国各地から多くの方が足を運ぶようになっています。御朱印目的の方もいるでしょうが、実は寒川神社はその御朱印帳でも有名です。というも、純粋にかっこいいデザインの御朱印帳なのです。寒川神社への参拝と合わせて人気なのがお土産の八福餅というものです。ちょうど伊勢名物の赤福餅のようなものです。

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