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東京都 - 西東京市

東京都西東京市

東京都西東京市は、多摩エリアの東部に位置している市です。平成13年に旧・田無市と保谷市が合併して発足した市で、21世紀最初の新設合併により誕生した市でもあります。ここでは、そんな東京都西東京市についてご紹介していきたいと思います。

東京都西東京市とは

東京都西東京市は、年間を通して楽しむことのできる都市です。都内へのアクセス面でも恵まれており、とても便利です。東京都で見たときには、中央からやや北に位置しており、その北部は埼玉県と接しています。21世紀初の合併都市ということで、新しい市でもあります。地理的には、ほぼ平坦な地形に住宅地が広がっているという部分がひとつの特徴になってくるでしょう。 市域には西武新宿線や西武池袋線が走っており、これらの路線が都心へのアクセスにおいて重要な役割を担っています。都営バスや西部バスといったものも運行していますので、市内における移動にもとても便利です。市内で中心となってくるのは、田無駅周辺です。市役所をはじめとした公共施設が集まっていますし、公共施設だけではなく商業施設なども集まっています。新青梅街道や五日市街道といった都道が交差しており、道路網も充実しています。 市内には閑静な住宅街が目立つのですが、公園の数もかなり多い印象です。いろいろな公園がある中でも、4.4平方メートルほどの面積を誇る西東京いこいの森公園は特ににぎわっています。園内には広場はもちろん、スケート広場や遊戯広場などもありますし、無料でバーベキューやキャンプを楽しむことができます。他にもふたつの池がある都立石神井公園、アイススケートが楽しめる市内の東伏見アイスアリーナなど楽しめるスポットが多い傾向にあります。

東京都西東京市の歴史

東京都西東京市の歴史についてですが、市域では遺跡なども見つかっており、縄文時代から人々が生活を営んでいたと言われています。室町時代には田無町一帯のエリアは、戦国大名によって支配されていました。慶長8年には、江戸幕府の直轄地となり、旗本の知行地でもありました。保谷町一帯のエリアは知行地で、江戸時代中期の頃には代官による支配を受けていました。この頃には開発が進んでおり、複数の村落が生まれることとなります。 明治時代に入ると、廃藩置県がおこなわれます。田無村は韮山県に属することになります。その後、さらに品川県、入間県と管轄が移されることになり、明治5年には神奈川県に属することになります。保谷町一帯のエリアも管轄が移り、明治9年には埼玉県に属することになりました。明治12年に田無村が町制施行で田無町となり、明治19年には上保谷新田、上保谷村、下保谷村、小榑村、橋戸村の5つの村による連合村が生まれます。明治22年にはそのうちの上保谷新田、上保谷、下保谷の3つの村が合併し、保谷村となります。明治26年には田無町が神奈川県から東京府へ移管、明治40年には保谷村が埼玉県から東京府北多摩郡へ編入されることとなりました。 昭和15年に保谷村が町制施行によって保谷町となり、昭和42年には田無町と保谷町の両方が市制施行で田無市と保谷市になります。平成13年にこの田無市と保谷市が合併して、西東京市が誕生しました。その後は、生活文化都市として発展を続けています。そして、現在に至るのです。

東京都西東京市の観光

東京都西東京市の観光面ですが、東京というとやはり東京23区が有名なのでその陰に隠れてしまう部分があります。しかしながら、西東京市は思っている以上に観光面で見どころがあります。 まず挙げられるのは東伏見稲荷神社です。お稲荷さんというと京都の伏見稲荷大社が有名ですが、その協力を得て建てられたのが東伏見稲荷神社です。大きな鳥居が目印となっており、多くの鳥居が並んでいるのは壮観です。 次に、多摩六都科学館です。さまざまな展示物を見ることができますし、実際に体験することもできます。子どもから大人まで、年齢や性別に関係なく楽しむことができます。プラネタリウムはデートにも人気です。 他にも、御朱印が可愛いと評判の田無神社や雨の日でも安心して楽しめる西東京市郷土資料質、年間を通してさまざまな植物を楽しむことができる文理台公園、多摩八十八ヶ所の第三十三番札所に数えられている田無山総持寺なども魅力的な観光スポットとなっています。

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